2023-01-01から1ヶ月間の記事一覧
碧海郡(へっかいぐん)六ツ美(むつみ)は青野(あおの)のごうにある椿宮神明社(つばきのみやしんめいしゃ)。本社殿のひだりてまえに椿宮神明社造営記念のいしぶみがあって、つぎのようにかいてある。 ◇ ◇ 椿宮神明社造営記念 自然と水に恵まれた、ここ…
鳴海は2番のりばに岩倉いきふつうのあっかい電車がまちあい。むかいの1番のりばから弥富いき急行のあっかい電車がでたあと、しゅっぱつ。 みなみあんじょう 12:14 → (西尾線~名古屋本線=弥富いき急行) → 12:34 鳴海 鳴海 12:36 → (名古屋本線=岩倉いき…
みなみあんじょうのえきに弥富いき急行のあっかい電車がはいってくる。 みなみあんじょう 12:14 → (西尾線~名古屋本線=弥富いき急行) → 12:34 鳴海 鳴海 12:36 → (名古屋本線=岩倉いきふつう) → 12:40 本笠寺 〔2023年1月30日、げつようび、平日〕
本笠寺から東岡崎いきふつうのぎんいろ電車にのる。車両番号9501は9500系1号車。 中京競馬場前をでて岩倉いきふつうのこおろぎ塗装とすれちがい。 前后にとうちゃく。電車をおりる。 本笠寺 13:44 → (名古屋本線=東岡崎いきふつう) → 13:57 前后
知立は6番のりばから豊橋いき急行のぎんいろ電車がでていく。 こんどは5番のりばに岐阜いき特急のこおろぎ特急がはいってくる。
前后(ぜんご)は2番のりばに弥富いき急行のあっかい電車がはいってくる。 こんどは3番のりばを豊橋いき快速特急のこおろぎ特急がかけぬけていく。 つづいて3番のりばに豊橋いき急行のあっかい電車がはいってくる。
本笠寺(もとかさでら)は2番のりばを新鵜沼いき快速特急のこおろぎ特急がかけぬけていく。 こんどは4番のりばに東岡崎いきふつうのぎんいろ電車がはいってきて、まちあい。 むかいの3番のりばを豊橋いき特急のパノラマスーパーがかけぬけていく。
名古屋は4番のりばにセントレアいき特急のこおろぎ特急がはいってくる。
土岐津のたびのかえり。土岐市からのった中央線名古屋いき快速を金山でおりて、名鉄にのりかえ。名古屋本線豊橋いき特急のパノラマスーパーでしんあんじょうまでいって、また西尾線西尾いきふつうにのりかえてふるいにかえる。 土岐市 13:51 → (JR中央線=…
土岐市内土岐川にかかる中央橋。南岸の土岐津と北岸の泉をつなぐ中央橋。らんかんのおやばしらにすえてある陶器の芸術作品が陶器のまちらしい。 はしのうえからかわかみとおくに恵那山がみえて、南岸のやまのうえには高山城がみえる。 〔2023年1月19日訪問〕…
土岐市内高山交差点の東南かどに、きたむきに下街道高山宿のかんばんがあって、つぎのようにかいてある。 下街道高山宿 ← ← ←穴弘法経由徒歩1km 高山城跡 → → →高山区民会館経由車道2km 左ぜんこうじみち土岐宿(瑞浪)へ1里 右いせみち池田宿(多治見)へ2…
下街道(したかいどう)高山宿はとおりにめんして説明がきがあって、つぎのようにかいてある。 下街道高山宿(したかいどうたかやまじゅく) 下街道は恵那槙ケ根(まきがね)追分から名古屋城下を結ぶ中山道の脇街道でした。 中山道よりも峠が少ないため利便…
下街道(したかいどう)は高山宿に明治天皇高山御小休所のいしぶみがあって、説明がきにつぎのようにかいてある。 明治天皇高山御小休所跡 この場所は、1936年11月2日から1948年6月29日の間、明治天皇高山御小休所として国の史蹟に指定されとったところです…
下街道(したかいどう)高山宿は慈徳院の境内に明治帝御供水碑(めいじていごきょうすいひ)があって、説明がきにつぎのようにかいてある。 明治帝御供水碑(めいじていごきょうすいひ) 明治政府は明治維新以后多くの改革を行ない新しい政治体制の確立を進…
名鉄各務原線(かがみはらせん)を手力(てぢから)のえきでおりて、中山道をよこぎってみなみにいって境川をわたるてまえにてぢからお神社。由緒がきがあってつぎのようにかいてある。 ◇ ◇ 手力雄神社(てぢからおじんじゃ)御由緒 御鎮座 西暦860年旧暦9月…
駿府城はひつじさるやぐらのなかに徳川家康公歴史年表が展示してある。家康が駿府ですごしたのは、ひとじち時代の12年、5か国領時代のうちの5年、おおごしょ時代の10年のあわせて27年。 ◇ ◇ 徳川家康公歴史年表 〔駿府城ひつじさるやぐら展示資料〕 1542年、…
しんあんじょうは3番のりばから岩倉いきふつうのこおろぎ塗装がでていく。はんたい線は6番のりばに東岡崎いきふつうのぎんいろ電車がまちあいしとるとこで、むかいの5番のりばに豊橋いき特急のこおろぎ特急がとうちゃく。
しんあんじょうは4番のりばを新鵜沼いき快速特急のパノラマスーパーがかけぬけていく。むかいの3番のりばにおるのはまちあいの岩倉いきふつう。
駿府城たつみやぐらのなかに復元した竹千代てならいのまがある。もともとは臨済寺(りんざいじ)にあったもんで、幼名竹千代時代の徳川家康がここで住職の太原雪斎(たいげんせっさい)から学問をまなんだっていう。 竹千代手習いの間(復元) この部屋は、…
駿府城はひがしごもんのなかに駿府城関連年表が展示してある。今川時代にはなく徳川家康がはじめてきずいたもんで、ほれも天正期と慶長期の2度にわたって築城しとる。 ◇ ◇ 駿府城関連年表 〔駿府城ひがしごもん展示資料〕 1582年、徳川家康、甲斐攻略。武田…
いき ふるいからしんあんじょういきふつうでしんあんじょうまでいく。 ふるい 6:49 → (名鉄西尾線=しんあんじょういきふつう) → 6:57 しんあんじょう しんあんじょうで豊橋いき特急のこおろぎ特急にのりかえ。 車窓に岡崎城をみて豊橋までいく。 しんあん…
しんあんじょうからのった西尾いきふつうをふるいでおりてうちにかえる。 しんあんじょう 13:37 → (名古屋本線=豊橋いき特急) → 13:45 ふるい
金山から豊橋いき特急のパノラマスーパーにのる。 前面展望をたのしんだりいねむりしたりしながらひがしにすすんでしんあんじょうにとうちゃく。パノラマスーパーをおりる。 金山 13:07 → (名古屋本線=豊橋いき特急) → 13:28 しんあんじょう
名古屋は4番のりばに東岡崎いきふつうのあっかい電車がはいってくる。 つづいて4番のりばに豊川稲荷いき急行のあっかい電車がはいってくる。
伊賀神戸(いがかんべ)のたびもあとはかえるだけ。鈴鹿線鈴鹿市から伊勢若松いきふつうにのる。電車は3両編成で先頭車両番号2104。 伊勢若松は4番のりばにとうちゃく。むかいの3番のりばに同時とうちゃくした、名古屋線名古屋いきふつうにとびのり。電車は3…
東海道を日永おいわけ(ひながおいわけ)からひだりにわかれてみなみにいく伊勢街道。神戸宿(かんべじゅく)のいりぐちに神戸みつけ(かんべみつけ)がある。おがわをわたってさかをあがっていくとこに神戸みつけがある。 説明がきがあってつぎのようにかい…
伊勢神戸(いせかんべ)は旅館あぶいのたてもんのまえに、神戸町道路元標とならんでみちしるべがたっとる。 たっとる位置は伊勢街道がふたまたにわかれるとこ。日永(ひなが)のほうからみなみにのびてきた伊勢街道が神戸宿(かんべじゅく)にはいってからし…
伊勢神戸(いせかんべ)は、みなみにかんべほんどおりにめんしてある鈴鹿市男女共同参画センターのしきちのまえに「石橋(いしばし)の由来」っていう説明がきがあって、つぎのようにかいてある。 石橋(いしばし)の由来 このあたりは以前、竜光寺(りょう…
いまはほんまるとほの一角にある天守台だけがのこる伊勢神戸城(いせかんべじょう)。説明がきにこうかいてある。 三重県指定・史跡神戸城跡 1937年12月14日指定 伊勢平氏の子孫関氏の一族神戸氏は、南北朝時代(14世紀)飯野寺家町(いいのじけ)の地に沢城…
駿府城(すんぷじょう)はにのまるばしをわたってにのまるにはいったとこに説明がきがあって、つぎのようにかいてある。 ◇ ◇ 駿府城 今から約650年前の室町時代、今川範国(いまがわのりくに)が駿河守護職に任じられて以降、駿河国は今川氏によって治められ…