下街道(したかいどう)高山宿は慈徳院の境内に明治帝御供水碑(めいじていごきょうすいひ)があって、説明がきにつぎのようにかいてある。
明治帝御供水碑(めいじていごきょうすいひ)
明治政府は明治維新以后多くの改革を行ない新しい政治体制の確立を進めました。明治天皇による大規模な6回の巡幸が行なわれ、1880年6月には東京から京都に向かわれる際に下街道(したかいどう)をお通りになり、高山では陶器造りの実演をご覧になりました。御小休所となった深萱邸(ふかがやてい)では慈徳院(じとくいん)の境内で汲み上げた聖水を用いてお茶をさし上げました。この巡幸を期に下街道の整備が進み、后世に伝えるために明治帝御供水碑が建立されました。
高山城高山宿史跡保存会
〔2023年1月19日訪問〕