碧南駅でみた2本の留置電車 - 2021年1月17日

2021.1.17 (2) 碧南 - 4番線留置電車(6016編成) 2000-1490
2021.1.17 (3) 碧南 - 4番線留置電車(6016編成) 1560-1160

きょう2021年1月17日12時ごろ、碧南駅は構内ひがしがわに2本ある側線のうち、そとがわの4番線に留置電車がおるのをかくにん。電車は、6016編成4両6000系かんつうがたのあっかい電車で、方向幕が知立いきふつうになっとる。

2021.1.17 (4) 碧南 - 1番線留置電車(6015編成) 1970-1480
2021.1.17 (5) 碧南 - 1番線留置電車(6015編成) 1600-1200

また、構内にしがわにあるしましきホームのにしがわ1番線にも留置電車がおるのをかくにん。電車は、6015編成4両6000系かんつうがたのあっかい電車で、方向幕は、いきさきが空欄で列車種別がふつうになっとる。

2本の留置電車、ゆうがたになったらでばんがくるのかな。


(さんこう)

三河鉄道の総会報告 - 挙母駅開業100年展

2021.1.14 (30) 第22回報告 1280-550
三河鉄道株式会社『第22回報告』/1923年/個人蔵
貸借対照表によると、知立挙母間の建設費は、78万円あまりでした。三河鉄道全体の車両保有台数は、前期末とおんなじ88両(機関車7両、三等客車13両、三等手荷物合造客車1両、有蓋貨物緩急車4両、貨車63両)、旅客総人員は477,037人(1日平均2,621人)でした。

2021.1.14 (31) 第22回定時かぶぬし総会報告 1270-430
第22回定時株主総会報告/1923年/個人蔵
三河鉄道株式会社株主総会において、越戸~大浜港間の鉄道の原動力を電気に変更することがきまりました。

2021.1.14 (29) 第22回報告、第22回定時かぶぬし総会報告 2080-1580

豊田市近代の産業とくらし発見館〕
〔2021年1月じゅうよっか訪問〕


篭川鉄橋をいく汽車 - 挙母駅開業100年展

2021.1.14 (27) 篭川鉄橋をいく汽車(1922年) 1470-710
開通時の列車(篭川鉄橋)/1922年
B1号蒸気機関車。梅坪~越戸間開通時の試運転列車です。貨車と客車を併結しております。

2021.1.14 (27-1) 篭川鉄橋をいく汽車(1922年) 1230-860

豊田市近代の産業とくらし発見館〕
〔2021年1月じゅうよっか訪問〕


三河鉄道の創立 - 挙母駅開業100年展

2021.1.14 (26) 2.三河鉄道の創立 - 説明がき 830-1170

三河鉄道の創立

  • 1910年、大阪の資本家才賀藤吉と、碧海郡(へっかいぐん)の有力者らが発起人となり、知立町から大浜町(いまの碧南市)にいたる碧海軽便鉄道(へっかいけいべんてつどう)を鉄道院へ出願しました。1911年に布設免許をえて、1912年刈谷町の正覚寺で創立総会をひらきました。社名を三河鉄道株式会社にあらため、資本金を50万円とし、軌間1067ミリで建設することをきめました。
  • さらに三河鉄道は、1912年に知挙軽便鉄道(ちきょけいべんてつどう/1911年設立/知立町~挙母町の鉄道布設を計画)の免許権をゆずりうけました。
  • 三河鉄道は1913年1月、建設工事に着手し、翌1914年2月に刈谷新(いまの刈谷)~大浜港(いまの碧南)間14.5キロの営業を開始しました。1915年10月には刈谷新~知立4.0キロが開通、旧碧海軽便鉄道の計画した路線(いまの三河線海線)がすべて完成しました。開業時は蒸気機関車が客車、貨車をけんいんしました。しかし、予想に反して経営状態はおもわしくありませんでした。

2021.1.14 (25) 2.三河鉄道の創立 1760-1920

豊田市近代の産業とくらし発見館〕
〔2021年1月じゅうよっか訪問〕


(さんこう)

三河鉄道停車場敷地買収代金寄付協議費 - 挙母駅開業100年展

2021.1.14 (24) 買収代金寄付協議費(1920年) 2000-1500

三河鉄道停車場敷地買収代金寄付協議費

  • 三河鉄道挙母駅開業前后に挙母町一区区長だった鈴木弥太郎は、三河鉄道のえきしきちをじもとで購入するための資金を各区であつめたさい、一区のとりまとめをおこないました。これはほのさいの集金簿です。鈴木弥太郎は、子息が岡崎中学(いまの岡崎高校)へ徒歩通学しとったこともあり、鉄道の必要性をつよくかんじとったとつたえられております。

豊田市近代の産業とくらし発見館〕
〔2021年1月じゅうよっか訪問〕


開通式祝賀会当日案内状 - 挙母駅開業100年展

2021.1.14 (23) 開通式祝賀会当日案内状(1920年) 790-1530
開通式祝賀会当日案内状/1920年/松井洋一郎さん提供
挙母町長寺内悠磨が祝賀会長をつとめました。
えき開業による交通機関の発達は「当地方ニ於ケル産業発達ニ資スルコト多大ナリ」としるされております。

拝啓陳者三河鉄道北部延長戦追々進行シ嚮ニ本町地内土橋及上挙母駅開設今回挙母停車場開設相成候抑モ交通機関整備運輸ノ利便ハ当地方ニ於ケル産業発達ニ資スルコト多大ナリ聊カ(いささか)歓喜ノ意ヲ表スル為祝賀会開催可仕候間万障御操合セ御来臨ノ栄ヲ賜リ度此段得貴意候

1920年10月25日

挙母町祝賀会長
寺内悠磨

  • 日時:1920年10月31日(午前10時)
  • 会場:挙母停車場内

副申
御臨場ノトキ此ノ状受付ヘ御示シ被下度若シ御差支ノ節ハ御代人差支無御座候間特ニ申添候

豊田市近代の産業とくらし発見館〕
〔2021年1月じゅうよっか訪問〕