こおろぎ特急の車内モニターに電車の前面展望 - 2023年1月27日

2023.1.27 (85) 豊橋いき特急 - 江南岩倉間(車内モニター) 1600-1190

あ、デッキとびらうえのモニターに電車の前面展望がうつっとる。これ、ミュースカイだったかな。いや、こおろぎ特急だ。こおろぎ特急も、ここに運行情報を表示するだけじゃなくて電車の前面展望をうつせるだ。新鵜沼からのった豊橋いき特急のこおろぎ特急で犬山線をみなみにいくとこでこれを発見。名古屋本線でもぜひやってほしいわ。


犬山経由岐阜いき急行 - 2023年1月27日

2023.1.27 (7-1) しんあんじょう - 犬山経由岐阜いき急行 540-200

犬山経由岐阜いき急行。

2023.1.27 (7) しんあんじょう - 犬山経由岐阜いき急行 1980-1490

しんあんじょうは4番のりばに犬山経由岐阜いき急行のあっかい電車がはいってくる。名古屋本線から犬山線にのりいれて、さらに各務原線にのりいれていく電車だ。つぎのダイヤ改正犬山線各務原線の直通運行がなくなって、この電車もなくなる。

〔しんあんじょう 7:41 → (犬山経由岐阜いき急行) → 8:59 名電各務原

信参鉄道にかんするあきひこゆめてつどうの記事のいちらん

  • 信参鉄道の記憶
    • 足助をめざした鉄道がみっつある。岡崎電気軌道、三河鉄道、信参鉄道(しんさんてつどう)のみっつだ。岡崎電気軌道は、いまはなき名鉄挙母線の前身で、岡崎から北上して足助にいたる予定だった。三河鉄道は名鉄三河線の前身で、刈谷知立から北上、豊田を経由して足助にいたる予定だった。信参鉄道は、新川から北上、あんじょうを経由して、豊田、足助にいたる予定だった。岡崎電気軌道は門立(もだち)まで開業して、以北断念。三河鉄道は西中金(にしなかがね)まで開業して、以北断念。信参鉄道は、どの区間も開業することなく解散。
  • 明治期の私設鉄道布設計画路線略図(豊田市域関係分) - 挙母駅開業100年展
    • 1889年のくにによる東海道線全通を機に、全国的に私設鉄道建設へのいごきが活発になりました。
      1896年ごろからこの地方でも各地をむすぶおおくの鉄道路線計画がだされましたが、当時は私設鉄道の布設について政府がきびしく監督しとったため、資金不足などにより、ほとんどの申請は不許可となりました。
      ほのようななか、1901年、信参鉄道はかり免許を交付されました。しかし、工事着手までこぎつけたものの、1916年に解散となりました。
  • 足助と鉄道
    • 信参鉄道の計画
      新川(しんかわ)やあんじょうは西三河平野部のまちだ。いま、愛知県から長野県南部につながる鉄道は、東三河豊橋をまわって静岡県のはしっこをかすめながら飯田、辰野までいく飯田線しかないだけど、これとはべつに西三河から足助を経由して長野県南部にいく新参鉄道(しんざんてつどう)っていう鉄道の計画があっただ。足助と長野県南部のむすびつきのつよさをものがたる。
  • たのしんだ、まなんだ! 西蒲線存続応援行事♪
    • こんどは、むかしの鉄道路線図をいくつかみる。西尾鉄道設立発起人会をひらいた当時の鉄道路線図では、わが西三河地方は東海道線とわずかに岡崎馬車鉄道がある以外は、予定線として安城から南北にのびる信参鉄道(しんざんてつどう)があるだけだ。こんな状態の西三河地方にあって、西尾鉄道は西尾から岡崎まで鉄道をひかあとしただ。ちなみに信参鉄道は線路をひくばっかりになっとっただけど、資金難で解散しちゃっただげな。
      西尾鉄道発起人会をひらいた当時の鉄道路線
  • 信参鉄道が できとや 安城は かわっとっただよな
    • みなみは、いまの 名鉄 西尾線より ちょこっと にしの へんを とおって みなみに すすんだ あと、矢作川 (やはぎがわ)を わたらずに にしに むきを かえて、新川 (しんかわ)に いたる。ほんで きたが すごい。うえの 地図だと 「矢作へ」って かいて あるだけど、これは 計画が 縮小された あげくに 最後 新川-安城-矢作間を 建設する ことに なって、その 工事を 着工する 目前の 地図だで ほう なっとる わけで、構想は 矢作から さらに 挙母 (ころも)、足助 (あすけ)と のび、さらに さらに 稲橋、飯田から 中央線の 辰野 (たつの)に 達する もんだっただ。

椿宮神明社造営記念のいしぶみ

2023.1.31 (4) 椿宮神明社造営記念のいしぶみ 2220-1800

碧海郡(へっかいぐん)六ツ美(むつみ)は青野(あおの)のごうにある椿宮神明社(つばきのみやしんめいしゃ)。本社殿のひだりてまえに椿宮神明社造営記念のいしぶみがあって、つぎのようにかいてある。

◇            ◇

椿宮神明社造営記念
自然と水に恵まれた、ここ青野の地で、先人たちは645年創建の椿宮神明社を心の糧として生きて参りました。そして、疫病、災害、戦争の惨禍にもめげず、すばらしい自然と心を后世に残してくれました。
その神明社の象徴である社殿は、百有余年の風雪に耐え、村人の消長とともに生き、その堅牢優美な姿を誇示してまいりました。
が、百有余年の歳月は長く、社殿の随所に傷みを見るようになりました。社殿の傷みは、氏子の心の傷みにもつながり、氏子から社殿改築の機運が成り上がりました。こうした氏子の総意にこたえて先進神社の視察、建築素材の下見を数度にわたり行ない、その資料を基にして衆議を重ね、改築成案をまとめました。
以来、1986年6月改築委員会発足、1987年6月工事請負契約調印、同年11月地鎮祭、1988年4月古式ゆかしい上棟式、同年10月2日遷宮祭を挙行し、ここに、名実ともに、椿宮神明社の歴史にふさわしい立派な社殿を改築することができました。これひとえに、奉賛者各位の赤心と、工事設計施工関係者のご尽力によるものであり、ここに、心より深く感謝の意を捧げ碑文と致します。
1988年10月2日
椿宮神明社改築委員会

2023.1.31 (5) 椿宮神明社造営記念のいしぶみ(うら) 2220-1780
2023.1.31 (6) 椿宮神明社造営記念のいしぶみ(うら) 1990-1790

工事関係 建築様式 神明社造り
建築総面積 185平方メートル
着工 1987年6月
竣工 1988年10月
総工費 1億円
改築委員 委員長 牧野富光
副委員長 清水勇
会計 志賀和美
総務委員 浅井光雄ほか
常務委員 石川洋平ほか
参与 都築末二ほか
宮司 赤堀清彦
奉賛者 浅井善作ほか
特別奉賛者 刈谷通運ほか
設計・施工・管理:匠建工杉浦豊
石材施工:小野石材店小野輝雄

〔2023年1月訪問〕


【椿宮神明社】

岩倉いきふつう - 2023年1月30日

2023.1.30 (2) 鳴海 - 岩倉いきふつう 2000-1500

鳴海は2番のりばに岩倉いきふつうのあっかい電車がまちあい。むかいの1番のりばから弥富いき急行のあっかい電車がでたあと、しゅっぱつ。

みなみあんじょう 12:14 → (西尾線名古屋本線=弥富いき急行) → 12:34 鳴海
鳴海 12:36 → (名古屋本線=岩倉いきふつう) → 12:40 本笠寺

〔2023年1月30日、げつようび、平日〕