東海道は呼続2丁目(よびつぎにちょうめ)、熊野三社(くまのさんしゃ)のいりぐちに東海道宿駅制度制定400年記念碑があって、つぎのようにかいてある。
宿駅制度制定400年記念碑
古来、呼続一帯は四方をかわとうみにかこまれた、巨松のおいしげる陸のうきじまとして、「松巨島(まつこじま)」とよばれ、尾張の名所であった。ここは東海道が南北にとおり、これに鎌倉街道が交差しとる。にしがわのいそはまは「あゆち潟」とよばれ、これが「愛知」の地名の起源になったといわれとる。
芭蕉は「寝覚めの里よびつぎ」とかきしるし、この地に足跡をのこしとる。また、山崎の長坂(いまより急坂であった)に接する山崎の立て場(たてば)は、宮の宿への往還の地としてにぎわい、宮の宿よりわたしぶねの出港をよびついだことから「よびつぎ」のながあるともいわれとる。
2001年吉日
〔2021年5月むいか訪問〕
(さんこう)
- 宿駅伝馬制度って、なんのこと?|東海道へのいざない|国土交通省関東地方整備局横浜国道事務所
- 立(て)場/建場とは - Weblio辞書
- 江戸時代、宿場と宿場の間の街道などで、人足・駕篭かき(かごかき)などの休息した所。明治以后は人力車や馬車などの発着所をいう。
- 熊野三社(呼続)
- 読み方=くまのさんしゃ(よびつぎ)
- この神社いいわぁ、というのが第一印象だった。古社の香りと境内に茂る大木が相まって、非常にどっしりとして落ち着いた雰囲気を醸し出している。山の神様の神社らしい神社だとも思った。