はたけむらじんや

みかわのくにはふくえのまちに、はたけむらじんやがあったっていう。ふくえばすていのうしろ、ふくえしみんかんのむかいにあるふくえこうえんのとこにあっただげなけど、せつめいがきにつぎのようにかいてある。

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ふくえこうえん

  • はたけむらじんやあと
    そのむかし、ここにははたけむらじんやがありました。ふくえはたけむらとよばれ、げんざいのふくえというちめいは、1889ねんのちょうそんがっぺいにより、あらたにかんがえられたなまえで、いまではそのなごりをちくのうじがみであるはたけじんじゃにのこすのみとなりました。
  • はたけむらじんやは、えどじだいの1688ねんにせいりつしたおおがきしんでんはんのやくしょで、はたけ、こだ、むかいやま、かめやま、ひい、いかわづの6かそんときゅうぬかたぐんの5かそん(かしやま、まきひら、ほその、みつひさ、たきじり)をかんかつしておりました。いまもそのながのこるはたけみなとにつづくさかみちをしろさかとよんどるのは、このじんやをおしろにみたてとったことからとおもわれます。
  • おおがきしんでんはんは、ほんけであるおおがきはん(10まんごく)のしはんであり、そのはんそであるとだうじしげは、おおがきはんしゅとだうじあきのじなんでした。えどじだいは、はん(だいみょう)になるためには、そのりょうちのこくだかが1まんごくいじょうなければならず、うじしげいぜんのとうしゅは、うじつねうじとしのちちこ2だいにわたりはたもとでした。このうじつねも、おおがきはんしゅとだうじかねのじなんであり、1619ねんまみやこれとろのちぎょうちであったはたけ、こだ、かめやま、ひい、いかわづの5かそん(あとにはたけむらからむかいやまむらがぶんそんし6かそん)をしはいすると、あとにおおがきほんぱんからのぶんよもあって、6,200こくあまりのはたもととなりました。つぎのうじとしのだいとなった、1673ねんから1681ねんまでのあいだには、ひびはましんでん(げんむかいやましんでん)のかいはつがせいこうし、このしんでんかいはつであらたにくわわったこくだかなどによりおおがきしんでんはんがせいりつしました。
  • いっぱんてきに、はん(だいみょう)となるとおしろをいめーじするかたがおおいとおもいますが、わずか1まんごくのおおがきしんでんはんはしろもちのだいみょうとはならず、はんしゅやかしんたちのほとんどがえどのやしきでくらすじょうふだいみょう(えどじょうにんのだいみょう)でした。しかしながら、ねんぐなどをおさめるりょうちは、えどからとおいみのとみかわに21かそんあり、そのしはいじんやとしておかれたのが、みかわのはたけむらじんや(11かそん)とみののむろじんや(10かそん)でした。
  • ばくまつ、はたけむらじんやにおったぶしは、はんし99めいちゅうわずか7めいとすくなく、はんのじゅうしんたちのほとんどがえどやしきではんむにあたっておりました。
  • めいじいしんとなり、さいごのはんしゅとだうじよしがはんせきをほうかんし、はんめいをのむらはんとあらため、そのはんちょうがほんけにちかいむろむら(げんおおがきしむろまち)におかれました。はたけむらじんやは、はんちょうをはたけむらにおこうとしたのですがじつげんせず、はたけむらしゅっちょうのむらはんちょうとなり、1871ねん7がつのはいはんちけんによりはたけむらしゅっちょうのむらけんちょうとなりました。しかし、わずか4かげつごのかいちけんにより、のむらけんがぎふけん、みかわちいきはぬかたけん(よくねんにはあいちけん)となり、そのやくわりをおえました。

    2024.12.2 (28) 「はたけむらじんやあと」 1700-1330

(2024ねん12がつふつか、げつようび、へいじつ)


【ふくえのたび】