1987年ごろの三河御船駅 - 挙母駅開業100年展

2021.1.14 (76) 三河御船駅(1987年ごろ) 1250-1290
1987年ごろの三河御船駅/市政発信課提供

三河御船駅(みかわみふねえき)

えきのちかくにある豊田市運動公園陸上競技場高校野球の愛知県予選や豊田市のもよおしなどが開催されるとLEカー(レールバス通常運行では旅客輸送しきれませんでした。ほこで、かかりいんを添乗させて3両運転としたり、臨時列車を運転して対処したこともあったそうです。

豊田市近代の産業とくらし発見館〕
〔2021年1月じゅうよっか訪問〕


(さんこう)

  • 名鉄三河線 - Wikipedia
    • 2004年4月1日には両端区間(西中金駅-猿投駅間、碧南駅-吉良吉田駅間)が廃止された。これらの区間は閑散区間で、西中金駅-猿投駅間は1985年から、碧南駅 - 吉良吉田駅間は1990年から合理化のため電気運転を廃止し、小型のディーゼルカーであるレールバスによる運転に切り替えとった。しかし両区間の乗客の減少は続き、名鉄は1998年11月24日に鉄道事業の合理化策として赤字路線6線区(末端区間揖斐線黒野駅-本揖斐駅間、谷汲線黒野駅谷汲駅間、八百津線明智駅-八百津駅間、竹鼻線江吉良駅大須駅間。いずれも輸送密度が2,000人/日未満の過疎路線)を廃止する方針を決め、2000年3月に末端区間など赤字6線区の廃止届を同年9月末までに提出する方針を決定した。同月中には翌2001年10月までに廃線とすることを沿線自治体に通知した。本来の廃止予定だった同年9月末から沿線自治体による年間最大1億円(山線区間)の赤字補填で鉄道の存続が図られたものの、このまま赤字補填を続けても近い将来に三河旭駅-中畑駅間の矢作川橋梁の架け替えに莫大な費用(150 - 160億円と概算)が掛かるとの懸念から、西尾市が先立って存続を断念する表明をしたことで海線側の廃止(及び代行バス転換。沿線自治体は碧南市西尾市一色町吉良町幡豆町)が決まり、山線沿線自治体(豊田市足助町藤岡町・旭町・小原村)も追随する結果となった。そして2003年3月27日には海線の、8月6日には山線の廃止届がそれぞれ名鉄から中部運輸局を通じて国土交通省に提出された。
    • 廃止前の運行本数は一部時間帯を除いて毎時1本程度の設定で、全列車ワンマン運転であった。多客期には増結が行われ、最大で3両(キハ10形の場合。キハ20形・キハ30形では2両)での運転も見られた。