わがまち温故知新、一宮市奥町周辺 - 2007年

2019年10月23日、一宮市奥町出張所(いちのみやしおくちょうしゅっちょうじょ)をたずねて、「わがまち温故知新、一宮市奥町周辺」っていう記事をみせてもらった。

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中日ホームサービス創立35周年企画(2007年)
わがまち温故知新
第8回一宮市奥町(おくちょう)周辺
木曽八流(いまの木曽川)にあった大淀水。ほのおくにあったむらからながついたっていわれる奥村。町村制度のさいになをかえていまにいたる「奥町」にこんかいはスポットをあてました。
ことし改装された奥町駅
1914年の開業から、昨年までかずすくない木造駅舎としてしたしまれとった奥町駅。最盛期の利用者は年間およそ26万人にのぼり、はたやにつとめる女性たちや、地域にすむひとたちの生活のあしとして利用されておりました。写真を提供してくれた長谷さんも「若宮神社近辺の木曽川で(1955年)当時は遊泳できた。ほこにいくのにつかってね。ほのときは、かいさつぐちもきわくでできとった」ってかたってくださいました。「あのころは、奥村用水のちかくに染織屋がおおく、時間になると用水が染料でそまった」ほどおりもん業でさかえとったそうです。えきはことし8月にトランパス(交通プリペイドカード)への対応にあわせ、改築されてしまいました。(筆者注:2007年8月8日、無人化、トランパス導入)
一宮市奥町出張所庁舎
1936年に建設された中島郡奥町やくばは1971年に奥公民館建設のためにしきちのひがしがわに移設されました。当時の奥町やくばはいりもやのやねにしゃちがわらを一対そなえたたてもんでした。やくばの2階は議場としてつかわれ、活発な議論がかわされとったっていいます。奥町の一宮市編入にともない、1955年に一宮市奥町支所、1980年に一宮市奥町出張所って改名をつづけ、1991年、旧庁舎は解体されてしまいます。いまは現一宮市奥町出張所にしゃちがわらがのこるだけになっております。
にぎわった奥町劇場
かつて奥町にはしばいごやがありました。収容人員500人。奈落、回転舞台もそなえる大規模劇場で、冷房のために舞台したにいけをもうけとったっていう「奥町劇場」は、当時さかんだったはたやの女性たちを中心におおいににぎわったっていいます。東映、日活っていう映画も上映されましたけど、しだいにテレビの普及がすすみ、大衆娯楽の変化のなみのなか、1967年ごろに廃業することになりました。
「興行時には、奥町駅までふれだいこをたたいてビラくばりをした」って当時をふりかえる加藤さん(劇場支配人のご子息)。のこぎりやねではたらく女性たちでにぎわう劇場についてなつかしくはなしていただきました。
2019.10.23 (105) わがまち温故知新 - 一宮市奥町周辺 1580-1980